タイトルだけでうるさい感じなにおいが
ぷんぷんするが。
近頃はこんなことで、
いささかコミュニケーションがやりずらくなっているように感じている。
というか主に、「建築」界隈の人との距離がはかりずらくなっている。
これは、あるジャンル立てだけで「他者」とそうではない人を分けるのは不可能に近いんだな。
要するに、「建築」を勉強していると言っている人と必ずしも話が合うというわけじゃないということ。
もちろんこれはいろんな分野で起きていることだろう。
と、僕はとんでもないことを書いているが、
それはそれで建築の人たちと話し手いるのは楽しいし、ためになること、繋がりもたくさんできたので
とても感謝している。
でも建築家すべてが社会について考えているかというと、そうではないということ。
建築の分野自体は「思想」に近づける回路が太いのは、そうだと思う。
そして「建築家」が思想的というわけじゃなくて、「建築」の設計プロセス自体が「思想」的だってことだった。
現代建築では、「ファサード」と「ヴォリューム配置」が重要な設計要素となっている。
この二つが社会とのつながりが強いという意味。
町並み、景観と印象づけるのはこの2つだし、
だから、「思想」的に社会のことを考えるという意味でそうなっているわけではなく、設計プロセスそのものが、建築そのものを「思想」的たらしめている。
どうにも体力ないな、一番モヤモヤしているところなのに、もう途切れてしまった
そして
「化物語」が異常におもしろい
なんだこれは、、、このセット
「先輩あれかっこいいですね」
「あれデコンって言うんだ」
って言われたときのデコンに似ている。

戦場ヶ原ひたぎの家

舞台のような。さっぱりいろんなところが成立していない

噛み合ない畳

畳の下からのカットって